田近 洵一(たぢか じゅんいち)

1933年03月01日 -

言語行動者として国語教育に尽力。歴史的視野の中で今日の状況をとらえ、これからの国語教育を構想する。

経歴

1933年3月1日長崎県島原市で生まれる
1955年横浜国立大学学芸学部乙類国語科卒業
1959年東京教育大学教育学部研究生
1969年横浜国立大学教育学部講師
1971年横浜国立大学教育学部助教授
1974年東京学芸大学教育学部助教授
1977年東京学芸大学教育学部教授
1996年東京学芸大学名誉教授
1998年早稲田大学教育学部特任教授
 
 その他、横浜国立大学大学院、都留文科大学、東京教育大学大学院、筑波大学大学院、東京女子大学、日本女子大学、上智大学等で非常勤講師、NHK「高校・国語講座」講師を務めた。

主な役職

1971年~2001年  全国大学国語教育学会常任理事
1980年~     日本読書学会理事
2000年~2003年  日本文学協会委員長
2001年~     国語教育史学会会長
2016年~2020年  日本国語教育学会会長

主な受章・受賞歴等

1976年 全国大学国語教育学会 石井賞受賞

業績 

 田近氏の専攻は、国語教育学、近代文学です。1955年に本学を卒業後、川崎市立野川小学校に勤務しました。
 田近氏が小学校6年生の時、与謝蕪村の句「菜の花や月は東に日は西に」をめぐって、それぞれが思い描く情景を自由に話し合いました。田近氏はその時、確かに自分が一面の菜の花畑の真中に立っているような気がしたそうです。担任の大津益雄先生は歌人で、戦時中のことなのに、子どもの自由な想像を大事にしてくださいました。
 このような授業を受けられた田近氏は、書物にはほとんど縁のない子どもたちに、「ビルマの竪琴」(竹山道雄)や「夜あけ朝あけ」(住井すゑ)などの長編を全編、ガリバンずりのプリントで与え、何か月もかかって毎日話しあいをまじえながら読んでいきました。その活動をとおして、国語教育とは、すでにできあがったもの(=価値観)を与えるのではなく、それを生み出す言語行動力を育てるものだという確信に近いものをもたれました。言語を武器にしてものとかかわり、人とかかわる、そのかかわり方こそ言語行動者としての思想そのものであり、国語教師としての己の主体は、それをいかに変革・創造するかというところにかけられていると思われました。それは、とりもなおさず、自らがすぐれた言語行動者であらねばならぬということでもありました。
 その後、1961年に川崎市立平間中学校教諭、1965年に川崎市立高津高等学校教諭、1968年には東京都立桜町高等学校教諭として教壇に立ちました。

 また、1971年に横浜国立大学助教授、1977年に東京学芸大学教授、1998年には早稲田大学特任教授を歴任しました。その間、筑波大学、上智大学、都留文科大学、東京女子大学、日本女子大学等の非常勤講師のほか、NHK「高校・国語講座」の講師も務めました。
 1976年には、著書「言語行動主体の形成」によって、全国大学国語教育学会賞(石井賞)を受賞されました。石井賞は、1950年に結成された全国大学国語教育学会により、国語教育に関する研究のうち、特に優れたものに対して授与される賞です。
 1982年から「それぞれの実践を持ちより、現在直面している問題を解決する」「歴史的視野の中で今日の状況をとらえ、これからの国語教育を構想する」このような趣旨で都内に「ことば文化研究所」を開設し、積み重ねの一部を「教室のことば遊び」(1984年 教育出版社)「たのしいことばの学習」(1987年 教育出版社)として刊行しています。また、この二著に続いて、「子どもたちのことば探検」(1990年 教育出版社)、「文学の教材研究」(2014年 教育出版社)を刊行しました。
 現在も、「国語教育史学会」の会長を務めるとともに、「ことば文化研究所」の主宰として言語・文化・教育に関する研究を続けています。

主な著書                 

  • 「言語行動主体の形成:国語教育への視座」新光閣書店, 1975年
  • 「文学教育の構想」明治図書, 1985年
  • 「戦後国語教育問題史」(増補版)大修館書店,1999年 他多数

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