YNUプラウド卒業生文庫 浅野 純次
浅野 純次(あさの じゅんじ)
東洋経済新報社社長、日本雑誌協会理事長として、雑誌業界をリードするとともに、報道の自由のために活動
経歴
1940年 | 東京都世田谷区に生まれる。 小学校5年まで小田原市、その後は浦和市(現さいたま市)で育つ。 |
1958年 | 埼玉県立浦和高校卒業 |
1958年 | 横浜国立大学経済学部入学 浦和から横浜(1年次・立野、2~4年次・清水が丘)まで2時間近くかけて通学した。 本橋ゼミで中国経済を学ぶ。卒論は発展途上国の開発問題。 1年次から新聞会に所属し、3年次に「横浜国立大学新聞」編集長および全日本学生新聞連盟(全学新)の中央執行委員を務めた。 |
1962年 | 横浜国立大学卒業 |
1962年 | 東洋経済新報社入社 編集局産業部、関西支社、政経部などで記者。その後、「会社四季報」編集長、論説委員、データバンク第一部長、「週刊東洋経済」編集長など。 |
1989年 | 取締役第二編集局長 |
1991年 | 取締役第一編集局長 |
1993年 | 常務取締役総務局長 |
1995年 | 取締役社長 |
2001年 | 取締役会長 |
2004年 | 退任 |
過去の主な役職
2002年~2004年 (社)日本雑誌協会理事長
2011年~2012年 東京日本橋ロータリークラブ会長
2004年~2013年 (社)経済倶楽部理事長
主な現職
1995年~ (財)石橋湛山記念財団 評議員 (季刊『自由思想』を刊行、石橋湛山賞、同新人賞を主宰)
1995年~ (社)経済倶楽部 理事 (1931年に石橋湛山らにより設立、毎週の講演会は2022年6月末で4420回となった)
1999年~ NPO法人 百年の森づくりの会 理事 (埼玉県下を中心に森づくり活動を進めている)
2007年~ 富丘経済研究会 会長 (富丘会の内部組織、毎月の講演会は2022年6月で第519回となった)
2013年~ 出版企業年金基金 理事長 (出版界668社、加入2万2000人余、資産460億円の確定給付年金)
2016年~ (財)高橋松之助記念顕彰財団 理事長 (「朝の読書大賞」 「文字活字文化推進大賞」など読書推進)
2018年~ (社)全国出版協会 理事長 (出版界唯一の調査研究機関「出版科学研究所」が主業務、読書推進も)
2019年~ 石橋湛山研究学会 副会長 (石橋湛山を主テーマとする学会で毎年12月に都内で研究学会を開催)
業績
東洋経済新報社では主に産業、企業などミクロ経済分野を担当したが、そのキャリアの上で「会社四季報」や「週刊東洋経済」の編集長として情報発信や企画力強化に取り組んだ。 また統計分野でも部長、局長として努力することによりデータベース事業を同社の中核分野に育て上げた。
社長としてはバブル崩壊後の厳しい事業環境に直面する中で、多角化などの経営努力により苦境を乗り切る一方、ロイター、スタンダード・プア(SP)、ブルームバーグなど外資との提携強化を進めた。
会長時代、日本雑誌協会理事長として雑誌業界をリードするとともに、報道の自由のために活動した。
退社後は、東洋経済新報社の外郭団体である経済倶楽部の理事長として、主事業である会員向けの毎週の講演会を充実させ、会員満足度を高めるべく努力した。 この体験は、現在の富丘経済研究会の運営にも生かせていると思う。
一方、出版企業年金基金、全国出版協会、高橋松之助記念顕彰財団などの出版関連団体で出版人の福祉向上や読書推進活動などに取り組んでいる。
他方、東洋経済新報社の第5代社長であり自由主義、民主主義、国際平和主義の立場から植民地主義、軍国主義に反対し続けた不世出のジャーナリストで、戦後は政界に転じて蔵相、通産相、首相としても活躍した石橋湛山の研究に取り組んできた。 石橋湛山記念財団の主要メンバーとして同財団の機関誌『自由思想』を中心に数々の関連論文を執筆しているほか、石橋湛山に関する数多くの講演も行ってきている。
なお書評やエッセーの執筆も多く行っている。 前者では『週刊東洋経済』で(純)のペンネームで毎週掲載されている書評(短評)は14年目、累計680冊、『経済倶楽部講演録』の書評(「読書通信」)は18年目、同830冊に及んでいる。 さらに『JA新聞』の書評(「読書の楽しみ」)は7年目、同200冊近い。 後者では雑誌『財界』でのコラム「諸事雑感」は8年目に入り、間もなく100回目を迎えようとしている。 そのほか食と健康に関する執筆も多く、『月刊コロンブス』での連載「食の経済ノート」は14年目、168回に達している(いずれも2022年6月現在)。
主な著書
・「食は医力:元気になる毎日の食卓」教育評論社,2006
・「多様性と個の確立 : 時評と書評から時代を読む」東方通信社,2012